日日是策案日記

2025/05/07 10:22:30

一の九

守られたつもりはなかった
だけどあれは私たちの砦

思うことなく食らいながら
迷うことなく食らうだけの

多数決の勝者たちが
ハッとしない場所だったのかも

一の九 一の九
限りある世界から
放たれた我らの
一の九 一の九
宇宙はなるほど無限だった
あんなにも狭いのに

あらがったつもりもなかった
だけどあれは私たちの牙城

刻むことなく揺れるだけの
歌うことなく踊るだけの

民主主義の勝者たちの
目には止まらぬ場所だったのかも

一の九 一の九
限りある世界から
放たれた我らの
一の九 一の九
宇宙はなるほど無限だった
あんなにも狭いのに

例えば、こんな歌詞を書いてみて。一の九が何を意味するのか、ほぼほぼこの世に百人くらいしか、誰もに分からない。だけどこれを、すっごくいい声の人が堂々と歌うと、微塵も違和感がなくなる。

し、実は、だいたいこんなもんで世界は出来ていることも、だんだんと分かってきました。

僕は二十代の後半、この先まだまだ歌うなら、お金を払ってもいいような歌声を手に入れなくてはならないと思って、何年も何年もいやいやそんなもんじゃない十年も二十年も、もがき続けていたものでした。その声は手に入ったのだろうか。あるいは永遠に、手には入らないのだろうか。手に入らないからこそ、いまだ夢の中を生きているのかもしれません。それはきっと稀少ですが、貴重とはもう言い難いのかも知れません。
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2025/05/05 11:21:19

海苔がいい悪い

先日、近所の横断歩道で信号待ちをしていたら、その後ろにあるファミリーレストランから、声の大きく元気な3人組くらいの中年男女が、おそらくは仲間内の誰かの噂話をしながら出てきました。

「あいつさあ、海苔が悪いんだよね、ハイタッチとかしたことないんじゃないか」

耳にそんな声が聞こえてきて、はっとしました。すなわち、ハイタッチとかしない人は海苔が悪い。

僕のことですか?と思わず振り返りましたが、確かに中年とはいえずっと年下でしょう、そんな知り合いがこの町に(どこにも)いるはずもありません。

やんないなー。あ。確かに、野球見てて得点シーンでハイタッチしてくる人はいるし、それに対して僕は苦手意識高いなあ。海苔悪いなあ。確かに。
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2025/05/03 08:49:37

つねづね、呼吸の話をしているけれど

やっておいてね。とか、やるべきだね、とか、やらないといつまでも同じ、とか、これだけでいいから、やったってことにすればいいだけだから、とか。

いろんな言葉を尽くして来たものです。でも、結局一番効果的なのは、会うたびにひとこと、やった?ということ。

回数にはかなわない。
ということは、よく知っているので、もう、そういう歌つくってたれながすことにしよう。と、決めたのが本日。世間の一部は連休らしい、五月三日の朝なり。
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2025/05/01 00:00:00

五月になりました

瞬く間に、四月が終わろうとしています。三月後半から、いろんな案件が降ってきて、相変わらず何故かお金にはならない話ばかりですが、とても忙しくやって来ました。

忙しさで何かを紛らすということは、多くの人に当てはまることだと思います。それは殊に、悲しみに類することになると思います。うーん、まあ、ぴったりと言えばぴったりか。

作り続けて、うたってみせるのが、僕の特徴です。作り続けていることが、生きているということです。作り続けることが今月も、出来ました、来月も引き続き、やって行きます。

さて、ライブハウスコタンがなくなった余波で、吹雪くんどこか紹介してくれないか?と言われて、まずはフォークバーplayersとそれからフィールドをご紹介した次第でした。それが、五月第二金曜日に実現します。なので僕は、五月第二第三金曜日はフィールドに出演します。

その準備をする、五月連休になりますね。新しいものは、作れるかな。いや、作らねば。それが残るか残らないかも、やってみないとわからないし、判定は、時を隔てた先にしかないので。
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